1979年12月31日生まれ。東京都出身。2002年、F1世界選手権の前座レースに参戦し、大クラッシュ。頚椎を損傷し重度障害者となる。2年以上のリハビリを経て、2004年にレースへ復帰。現在はチェアウォーカーのための洋服のデザインに意欲的に取り組みながら「F1チャンピオン」の夢に向かって訓練を続けている。
ペダルを踏めない。ハンドルを握れない。それでも、僕には「F1ワールドチャンピオン」になるという夢があります。きっかけは中学1年生の秋。幼なじみに誘われて初めて観戦したF1レースでした。
唸りを上げてマシンがものすごいスピードで走り抜けていくたびに、胸が高鳴った。それ以来、「レーサーになる」というたったひとつの目標に向かって、ひたすら走りつづけてきました。
一度きりの人生の中で、これほどまでに打ち込めるものに出会えたのは幸せだと思う。放課後も休日も、カートの練習に通う日々。毎日がただ楽しくて仕方なかったのを覚えています。
002年10月13日。F3レーサーとしてF1グランプリの前座レースに出場した僕は、大クラッシュを起こして病院に運ばれました。当時の記憶はありません。ただ、家族や友人からは「生きていたのは奇跡だよ」と言われるほど激しい事故だったと知りました。
「レース復帰は不可能だ。君は一生、車いす生活だよ」。
数ヶ月後、医師から告げられた瞬間、頭が真っ白になりました。
自分からレースを奪ったら、一体何が残るんだ…。生きる理由をなくし、投げやりになっていた僕を救ったのは幼なじみ。「俺はそんなの信じない。お前なら大丈夫だ!」。彼の言葉で目が覚めました。
こいつが諦めてないのに、俺が諦めてどうするんだ。現実を受け止め、新たな人生のスタート地点に立つ決心をしました。
リハビリ病院に転院してからは、過酷な試練が待ち受けていました。病室からリハビリ室まで車いすを漕ぐことさえしんどい。激痛に耐えながら関節を動かす理学療法も、バドミントンやバスケットなどのスポーツ訓練も…。
できないことの多さに落ち込んだ日もあったけれど、決して弱音は吐きませんでした。「いつかレースに出られるようになるから」と自分に言い聞かせながら毎日ひたすら繰り返し、ひとつずつクリア。
僕がレースへの復帰を果たしたのは事故から2年後でした。
復帰の裏側にはたくさんの人の支えがありました。復活記念パーティーの開催に協力してくれた友人や、レース直前までカートの調整をしてくれたエンジニアさん…僕ひとりでは、ここまでたどり着けなかった。
復帰後初のレースでは、思うようなタイムは出せませんでした。でも、まるで優勝したときみたいに嬉しかった。完走した僕を笑顔で迎えてくれる大勢の仲間たち。喜びを分かち合ってくれる彼らがいたから、最後まで走りきることができたんです。
医師から「レースの復帰は不可能だ」と言われていた僕にとっては、大きな大きな前進でした。F1チャンピオンになるという夢に、また一歩近づくことができました。
何歩進めば夢にたどり着けるのかなんて、誰にも分からない。でも、ちょっとずつで良いから、前に進むことが大切なんだって今は思っています。諦めなければできないことは無い。僕が身体を張って証明していきます!