オトナカタログ

名古屋で1963年に創業した自家焙煎珈琲を専門に出す喫茶店の長女として誕生。地元の短大で食物科を専攻し、卒業後はル・コルドンブルーに入るため22歳で渡仏。さまざまな製菓学校や三ツ星レストランで修行し、1995年に「カフェタナカ」として実家をリニューアルオープン。現在シェフパティシエとして、本店を含む全3店舗を取りまとめる。
パティシエ
田中 千尋
カフェタナカ シェフパティシエ

両親が営むお店で見つけた「好き」

小さい頃からお店が遊び場で、お店のスタッフやお客様に可愛がられながら育ちました。お店の手伝いでお客様とふれあう中で、もっとお客様が喜ぶ"おもてなし"をしたいと思ったのは、高校・大学生の頃。

大好きなお客様に、美味しい珈琲とお菓子を味わっていただくティータイムを作りたい。お菓子作りの経験なんてほとんどなかったけど、お菓子を「食べる」ことは大好き。

味覚にも自信があった…はず(笑)。私にとってパティシエになる原点は、実家の手伝いの中にありました。

絶対に叶えたい夢があったから厳しい道を選択

お菓子づくりの基礎を学ぶため、短大を卒業後、専門学校への進学を考えました。たとえ学校を出ても、ほんのひと握りしかプロになれない厳しい世界。

とはいえ、私は何としてもパティシエになりたかった。お菓子を通じて感動のある"おもてなし"をするという夢があった。悩んだ末、本場フランスのお菓子・料理学校の名門ル・コルドンブルーを選びました。

フランス語も話せないまま行くなんて、後先考えない性格そのもの(笑)。学ぶ場所ではなく、どう生きたいのかが大事だと思います。

「ブレない」気持ちを持つ

「もっといいお菓子を作りたい」という思いは、どんな壁をも乗り越える力を与えてくれます。この情熱の源はやはり、お菓子が「好き」という気持ち。パティシエになる上で欠かせません。

もし、少しでも嫌だなと感じていたら辞めていたと思います。

好きなことを一生の仕事にできる幸せ。好きなことのために頑張れる幸せ。

私がこの仕事に満足できたと思える時は、死ぬ瞬間でしょうね。

私にとってお菓子は、人生そのもの。やりたいことが尽きません。