「次長昇格」「金沢支店長時代に、支店の目標達成」などの華やかな経歴は、「ノエビアでの仕事を通して、めぐり合った人たちの支えがあったからこそである」と淺倉さんは言う。
新人のころは各家庭を一軒一軒回る飛び込み営業が自分自身を大いに成長させてくれた。29歳で次長に就任したときは年上の部下が多い環境が、逆にコミュニケーション能力をアップさせてくれた。仙台や高松の支店長時代は地元の代理店から人としての信頼関係づくりとは何かを学んだ。
壁にぶつかったときの淺倉さんの武器は「人間力」。
「お客様に喜んでほしい」「部下に幸せになってほしい」「会社をよくしていきたい」という強い思いを抱いて、困難を乗り越えてきた。
そんな淺倉さんの基礎を築いたのは高校時代の野球での挫折体験。中学時代に数々の記録をうち立て、野球の名門・名古屋電気高校(現・愛知工業大学名電高校)に特待生で入学。1年生でベンチ入りと言う夢を実現できた。
ところが1年の夏に肩を壊し、普通なら退部を考えても不思議ではないが、淺倉さんは野球部を続けた。それは日々走るだけの主な練習メニューであっても、そこで「人の心の痛みがわかる人間になりたい」「社会の役に立つ人間になりたい」という思いを育んでいった。
あのとき肩を壊してなければ、別の人生があったかもしれない。でも「あの泥臭い経験があるから、今の自分があったんだと思う」と淺倉さん。
4月からは土曜と平日の夜を使って大学院に通い、2年間でMBAを取得する予定。甲子園を目指していたころと変わらない純粋さで、44歳になった今も、自分の成長や周りの人たちに、幸せになってもらいたい想いで突き進んでいく。