男の子であれば一度は夢見るプロ野球選手。小3で芽生えた夢を今も持ち続け、後進の指導にあたっているのが山田豪さんだ。
「やりたいことが野球だった。それしか目に入りませんでした」と山田さんは振り返るが、その道は決して平坦ではなかった。
高卒後、ピッチャーとして入った社会人野球チームは2年半で自由契約に。その後、入団した大森石油軟式野球部ではレギュラーとして活躍するものの、わかしゃち国体直前にレギュラーを外され、悔しい思いをした。
「そこからメラメラと燃え上がっていったんです。『まだ終われん。次は高校野球の監督で甲子園目指すぞ!』ってね」。
ところが最初に声がかかった高校野球部は、県内1、2を争う弱小チーム。「他校と試合をしてもボロ負け。練習やっても結果が出ないと頑張りようがない。どん底でした」と山田さん。
もがき苦しんだ挙句、6年目には県大会1次予選を突破、強豪相手に好ゲームを演じるなど、チームを立て直した。
今、山田さんは「県下初の専門学校野球部部長」として忙しい日々を送っている。「昔は230もあった社会人野球チームは今、80程度しかありません。プロを目指す高校生たちの受け皿を作りたいんです」。
同時に甲子園への夢も捨てていない。「僕が夢をあきらめたら、生徒に教えるものがなくなってしまいます」。高校の野球部が甲子園に出られる確率は1%未満。だが1%に賭ける情熱があれば、どんな困難でも乗り越えらる。人間形成の場としてスポーツは若者に絶対、必要です」。
山田さんの信念は揺ぎない。