オトナカタログ

ホテル料理長
生活
早坂敏夫
全日空ホテルズホテルグランコート名古屋

日常にないものを提供する仕事

「今も昔も料理人として、後悔はしたくない。お越しいただいたお客様に満足していただくことが第一です」と語る早坂さん。22歳で料理の道に入って以来、洋食料理人として地道に腕を磨いてきた。

今では料理長として、業界からも注目される存在だ。たとえば隣接する美術館とのタイアップ企画がある。絵画の世界をそのままに、コース料理を創作。料理は早坂料理長自ら考え、調理場に立って腕をふるい、美を皿の上で見事に表現している。

「注文したお客様が、カメラや携帯で写真を撮る姿を見ると疲れがふっ飛びます」。

天職と適職と料理人という職

少年時代から料理人を目指していた早坂さん。「高校時代、本当は何が自分の職に合っているかわからなかった。今思うと職業には『天職』と『適職』があります。仕事をして給料をもらえるのは『適職』。『天職』というのはお金にならないことが多いが、そのかわり人を感動させます。両方の歯車が大事で、成功するのはバランスのとれた人。まずは好きじゃないと仕事は続きませんよ」。

長い料理人生活に転機は何度かあった。現在の「全日空ホテルズ ホテルグランコート名古屋」の開業に誘われたのもニ十数年間、毎日必死に精一杯やってきた賜物だ。実は現在の総料理長が下積み時代にお世話になった大先輩だった。

「仕事の腕も人としても見込んで呼ぶのだから、お前の料理を食べるまでもないよ。一緒にやろう」と総料理長から絶大なる信頼を受けて現職へ。

早坂さんは「今にしてみるとよくやったな」と連日徹夜したオープン当初を振り返る。料理その道一筋、料理長としての強い信念を感じた。